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藤壺勇の夢
藤壷勇はレーシングライダーとして活躍する一方で、25歳で独立し、藤壷モータ-スを開いたときからの夢であったのが自分の手による本格的なオートバイの製造でした。昭和10年に手製のフレーム、タンクに改造したイタリアのMVのエンジンを搭載した初代イーグル号を製作し、九州で数台販売しました。
しかしこの頃は資本も十分ではありませんでしたし、第一この時代は原材料となる鋼板、鋼管、ゴムなどがすべて配給統制下にありましたので自由に製造することは不可能でした。本格的な製造販売は戦後になりました。
イーグル号のカタログ
イーグル号1号車
タンクマークのデザイン
開発コンセプト
戦後再開した藤壷モータースが軌道に乗ると、本格的にオートバイの製作販売に踏み切ることになり、福岡市の薬院大通り1丁目に新たに「イーグル自動車製作所」を設立しました。
各地に乱立したオートバイメーカーの中には、自転車に取り付ける補助エンジンの製造販売からスタ-トを切ったところも多かったようですが、兄勇はそのような簡易型バイクには興味がなく、慣れ親しんだ外国製と肩を並べるようなものを作ることしか考えていなかったようです。
イーグル号は、2ストロークエンジンを採用しました。それまで親しんできたのは大排気量の4ストロークエンジンばかりでしたが、終戦直後という時代を考えると構造の簡単な2ストロークの方が生産に適していました。
イーグル号のエンジンの原形となったのは、アメリカ人が持ち込んでいたハーレーダビットソン.ハマーで、125ccの2ストロークでした。もとをただすと、ハーレー125ccの原形モデルは戦前のドイツの傑作オートバイといわれるDKW.RT125(1939年発表)で、実際その簡素にして洗練された構造、シンプルで高性能な125ccエンジンは世界中で高く評価され、各国で同様なオートバイが生産されました。BSAバンダム(イギリス)、カフロビッツ(ソビエト連邦)、ヤワCZ(チェコ)、ハーレーハマー(アメリカ)。
イーグル自動車製作所、福岡市薬院
Fujitsubo Motorcycle co. (Yakuin Fukuoka)
工場内のエンジン加工、組立風景
Factory
福岡で開発製造された1号車
This first car was manufactured in the Fukuoka Japan.
メカニズム
イーグル号は単にコピー車ではなく、エンジンは空冷2ストローク単気筒で、総排気量は150cc。アルミ鋳造製シリンダーだけは外注で吹いていましたが、シリンダーライナーは鉄製で、ダットサン用のライナーを使用していました。これを使用すると、ちょうど150ccのボア.ストロークになりました。もちろんアルミ鋳造シリンダーにライナーを鋳込むことやアルミシリンダーの加工は全て自社で行いました。
キャブレターは三国工業に出かけ、アマル.タイプ16mmパイを採用し、ダイナモはハーレー用と同様なものをメーカーに作ってもらい、オイルシール材はゴムが手にはいりにくく、革を使用しました。また、クラッチ、マフラー、ハンドル、フレーム、タンク、サドル、オレオ式テレスコピックフォークに至るまで自社で製作しました。
イーグル号のフロントフォークはオレオ式、リアはリジット式でフロントフォークには3種類のコイルが直列に配置され、小さな振動にはソフトなスプリングのみが作動し、その大きさに応じてハードなスプリングが作動するようになっていました。ただしこのスプリングはバウンド側にしか作動しないので、減衰させる為にリバウンド側にも釣合い用のコンペセイタースプリングを配置し、その張力はフォーク上部のボルト・ナットで調整できるようになっていました。フォークのストロークは5~6インチでした。
出力試験
イーグル号のエンジンは九州大学工学部に持ち込まれ出力試験を行い、最高回転数は1万回転強でテスターのタコを振切り周囲を驚かせました。もちろんこの当時はそんなエンジンはどこにもありませんでした。
イーグル号のエンジン、藤壷勇設計
It is an engine that Isamu Fujitsubo made.
150cc、2ストローク
This engine is 150cc and 2Stroke.
昭和10年、兄の藤壺勇が独自に制作した4サイクル・レーサーのイーグル号。エンジンはイタリアのMV、タンクやフレームなどはすべて自作。初レースは昭和16年でした。
Isamu Fujitsubo made this motorcycle in 1935.
This engine is 4Stroke and MV of Italy.
大阪の展示会と本田宗一郎氏
昭和24年に大阪で開かれた展示会にイーグル号を出展し、大いに注目を浴びました。その会場でそばに居た勇に「写真をとらせてください」と声をかけられました。その方は腰にカバンをぶらさげ、首にカメラの革紐をかけていました。それが本田宗一郎氏でした。当時は自転車用の補助エンジンを製造販売していた本田氏に、イーグル号は興味あるオートバイであったようです。
量産とガソリン統制
イーグル号が本格的に発売されたのが昭和25年の春で価格は8万円でした。高性能で評判になり、最盛期には月産15台でそれがそのまま売れていきました。地区代理店の申し込みをしてくるオートバイの販売店もあり、すべてが順調に思われたましたがその年に日本国内でガソリン規制が実施されることになり、官庁や新聞社など限られたユーザーにガソリンを割り当て、不要不急の一般の人間には手にはいりにくい一種の配給制となりました。
国内のガソリン絶対量の不足からの制度ではありますが、これ以後イーグル号だけでなく、オートバイそのものが売れなくなりました。イーグル号は400台生産され、販売されました。
イーグル号主要諸元(当時のカタログより)
| 口径×行程 | 55×60mm 気筒容積 L型 150cc |
|---|---|
| 圧縮比 | 9:1 |
| 実馬力 | 6.5HP |
| 減速比 | ロウ 29.3to1/セコンド 15.4to1/トップ 8.45to1 |
| 全長 | 1.89m |
| 重量 | 110kg |
| 全幅 | 0.76m |
| ホイールベース | 1.22m |
| 地上よりサドルまで | 0.70m |
| 最高速度 | 70km |
| 登坂力 | 35~40度 |
| キャブレター | アマル式.口径16mm |
| タンク容積 | 2ガロン入り |
| タイヤ | 300×20 |
| フォーク | 引抜鋼管オレオ式 |
| 最小回転半径 | 1m60 |
| 塗装 | 合成樹脂焼付け |
| クラッチ | 油槽多板式 |
| 制動機 | 前後輪各独特の内部拡張式 |
昭和30年頃、神奈川県横浜市で製作されたイーグル号2型。総生産台数は20台程で、市販には至りませんでした。
This Eagle type2 was produced in Yokohama Kanagawa in 1950. This motorcycle was not sold.
戦後に開発、量産したオートバイ「イーグル号」のフォークの構造は航空機の脚であるオレオを見て参考にしました。戦前から福岡市と近郊には1935年に九州飛行機(渡邉鉄工所)というメーカーを中心に航空機産業関連企業が多数存在しており、飛行機は福岡では当時、身近な存在でした。


















